寿屋は九州一の売上げのチェーンストアに成長しましたし、私も忙しくなり、いったん同社との縁が切れました。
しかしその後、同社の決算内容がだんだん悪くなって、Dさんから2万株分けてもらった株が、最高時に時価で千数百万円あったのがどんどん下がっていくのでおかしいなと思っていたところ、1985年頃相談に見えたので、再度同社の経営コンサルティングを引き受けました。
当時は九州全体に240〜250店舗あって、売上げは3000億円を超していましたが、赤字が続いていました。
そこで、全店長を集めて話を聞いてみたのですが、前年より売上げが伸びている店は全体の一割もなかったのです。
当時の量販店は扱っている商品を200品目くらいに分類して管理していました。
前年より20品目以上売上げが伸びている商品があるかと質問して、店長に挙手をさせたら、全員が手をあげました。
20品目の売上げが1割以上伸びている店については、その品目の売場面積を一割増やし、在庫を3割増やせというようにアドバイスしたのです。
つまり、売れているもの、伸びているものの売場と商品だけ広げてもらいました。
これが、F流経営法の「長所伸展法」です。
この結果、3カ月で目に見える効果が表れました。
Dは一気に売上げを伸ばして黒字化し、赤字も解消されました。
当面の問題が解決できたので、忙しかったこともあって、私はまたDから距離をおくことになります。
その後、Dは資金繰りが厳しくなって、N銀行から融資を受けるとともに、社長として役員を迎えました。
これが結果的に、民事再生法の適用申請につながることになります。
その間、詳崎さんは寿屋と法的には株主として以外は無関係な人間になりました。
銀行派遣の役員は、仕入先を絞れ、仕入値を叩け、商品は商品部で一括して仕入れろ、販売員は本部がつくったマニュアル通りに動くべきだというように布告したようです。
これらは私やDさんの考え方と180度違います。
また、予算主義になり、商品の押し付け販売、仕入先に協力金を要求したこともあって、急速に取引先の信頼を失っていったようです。
銀行が実質経営するようになってからDは、私のコンサルティングとまったく逆のことをしたのですが、これはよくあることです。
商品は店ごとに販売員の責任で仕入れ、仕入先はとことん大事にする、入口と出口はたくさんつくるというF流小売り経営法は銀行員には理解しにくいようです。
しかし、これでは販売員がやる気を失ってしまうのです。
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